裏道が教えてくれること

2012.01.07

数学的に、良き道の必要十分条件を定義づけしようとしているわけでもないので、思いつくままに挙げてみたのだけれど、どうもキーワードは、人とか変化ということのようだ。生活と時間、と言い換えても良いのかもしれない。そしてそれらはおそらく道というものが本来持っている、あるいは持っていた属性でもあろう。近代以降、道路はひたすら、そこを通過する物量とその速度を拡大する方向に突っ走ってきた。輸送機関の発明と進歩は、道路の進化と双子の兄弟だった。

(参考情報)
三谷温泉の温泉・露天風呂のある宿・ホテル - じゃらん温泉ガイド
http://www.jalan.net/onsen/OSN_50316.html

天然温泉 御笠の湯 ドーミーイン博多祇園 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad396138/

メルパルク長野 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad326903/

馬車は自動車に変わり道の1部は鉄道となり、道はやがて舗装され、人びとは往来の脇に追いやられ、人びとの歩くことのできない道路をトラックや自家用車が行き来するようになった。いつのまにか、道は、人間を疎外する方向に進展していた。人びとの物質生活を豊かにする方向に進みすぎたあまり、人びとの精神生活を路傍に押しやってしまったのである。幸いなことに、すべての道がそうなってしまったわけではない。歩いたり、自転車で走ることの不可能な道は、今のところ、まだ1部である。もちろん、自転車でその道を辿っても、排気ガスや騒音や雑踏のために愉しくないという道も現実にはたくさんある。しかしまたその一方で、そうしたストレスの多い道から、ほんの少し外れるだけで、にわかに昔日の匂いがよみがえってくるような路地、土と樹と木漏れ日を感じる小道、混沌の大都市の中に高貴で浮世離れした時間が折り畳まれた一角などが見つかったりする。人はそうした道を、裏道、田舎道、路地裏などと呼んだりする。それらは、○○通りなどと名づけられることもなく、また物流の動脈として物質の世に有用とされることもないのであるが、それゆえに、人の心をくつろがせ、和ませ、生きることの根源的な(しかし忘れかけていた)歓びを、もう1度、まるで耳打ちでもするように、教えてくれる。





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